「もう、やっぱり乾いてないじゃない」
健ちゃんのお母さんは、このところいつもごきげんななめです。そのうえ、
今日は健ちゃんが寝小便をしてしまったから余計です。
「仕方ないわねぇ、今夜はこの新しいおふとん貸してあげるから、早く着がえて
寝なさい」
そう言ってお母さんはドアをバタンと閉めて出ていくのでした。
「なんだよぉ、いくらパパの帰りが遅いからってボクにあたらなくてもいいじ
ゃないか」
健ちゃんも着がえながらブツブツ言っています。その時でした。
「なんちゅうええ天気なんや。こんな日にじっと干されてるち ゅうんは、ち
ともったいないちゅうもんや」
窓の外からおかしな声がしたかと思うと、突然健ちゃんの小便ぶとんが、ふ
わっと浮かび上がりました。そして、風に乗ってす−いすいと気持ちよさそうに
飛んでいくのです。健ちゃんはびっくりしてベランダにかけのぼり、大声でさけ
びました。
「うわ−、魔法のじゅうたんみたい−」
すると今度は、飛んでいたおふとんの方がおどろいて戻ってきました。
「お、お前、ワテが飛んでたのが見えたんか」
健ちゃんは、こっくりうなずきました。よく見るとおふとんには目も口もつ
いています。
「へ−、健ちゃんにもワテが見えるんかいな。最近はワテの見える奴なんかお
らん思うてたのに。そうか、健ちゃんは見えるんかいな」
おふとんのおじさんは、うれしそうに言いました。
「ほな二人で夜の散歩とでもシャレ込みまっか。どうぞ背中に乗っておくんな
はれ」
「えっ、ボクを乗せてくれるの。でも、おっこちやしないかなぁ」
「大丈夫、健ちゃんの一人や二人、おっことしやせぇへんて。ただ、ちょっと
小便くさぁおまんねんけどな」
「それは言わないでよ」
健ちゃんは頭をかきながら言いました。そして、ヒョイっと目の前に浮いて
いるおふとんのおじさんに飛び移りました。
おじさんの背中はふかふかでした。これがいつも寝ているせんべいぶとんか
、と思うぐらいです。
「ほな行きまっせ」
おふとんのおじさんは急上昇しました。健ちゃん家のあかりが、どんどん小
さくなっていきます。そのかわりに、お月さまやお星さまの顔がはっきりと見え
てくるのでした。
「あれ−っ、サイクロン号久しぶり。タケシ君も」
お月さまは、にっこり笑って言いました。
「ほんまでんなぁ、けどお月はん、これはタケシと違いまっせぇ。タケシの息
子で健ちゃん言いますねん」
「ほう、健ちゃんか。健ちゃんよろしく」
「よろしく……」
健ちゃんは、お星さまたちにあいさつだけはしましたが、もうひとつ何がど
うなっているのか分かりません。
「ねぇ、タケシってボクのパパの名前だよね。どうしてみんな知ってるの。そ
れから、サイクロン号って、おじさんのこと?」
「へへへ、そうでんねん。かっこええ名前でっしゃろ。健ちゃんのパパが付け
てくれてんねんで。昔はワテも若かったさかい、 ギュンギュンいうて飛んでた
さかいな。タケシと遊ぶのもほんまに楽しかった。ここにおるお月さんもお星さ
んも、み−んな健ちゃんのパパの友達やったんやで」
サイクロン号は、なつかしそうに昔のことを話してくれました。健ちゃんも
子供のパパがここで遊んでいたかと思うとうれしくなってきました。
「ねぇ、パパとどんなことして遊んだの?」
「知りたいでっか。ほな今からおんなじ事するよって、しっかりつかまっとっ
てや。ほな行きまっせぇ」
そういうと、サイクロン号はいきなり猛スピ−ドで走り始めました。
「それ−っトンボ返りや−。きりもみ回転」
そして急降下したかと思うと今度は急上昇。サイクロン号は、空中でできる技
を次から次へくりだしていきました。それはもうジェットコ−スタ−なんか比べ
ものにならない迫力です。健ちゃんは、もうどちらが地面でどちらがお空なのか
分からなくなっていました。
「ハ−、ハ−、ハ−。やっ、やっぱり年には勝てまへんなぁ」
サイクロン号も、ふらふらになっていました。今はただ、ふわふわ浮いてい
るだけです。
「でも楽しかった。ねぇ、今度もっとゆっくりお散歩しようよ」
「そうでんなぁ、その方がワテも楽−おます」
健ちゃんとサイクロン号は、今度はゆっくりと風に乗って飛びました。お星
さまの間をぬって、そのリズムに合わせて本当に楽しそうに飛んでいました。
「あっ、あれ、美代ちゃん家だ。ねぇ、美代ちゃんもさそおうよ」
「けどなぁ、美代ちゃんはワテらに気がつくやろか。ほんまに心がきれい子と
ちゃうとワテらの姿は見えへんさかいなぁ」
「大丈夫だよ、美代ちゃんは優しいから」
健ちゃんはそう言うと、もう美代ちゃんの部屋の窓をたたいていました。
美代ちゃんは、明かりを消そうとしているところでした。しかし、健ちゃん
を見つけると窓を開けて言いました。
「あれ?健ちゃんじゃない。そんな所で何しているの?」
「美代ちゃんを夜のお空の散歩にさおそうと思って。おふとんに乗って飛ぶの
ってとっても気持ちいいんだよ。美代ちゃんも乗りなよ」
「あきまへん!」
サイクロン号は怒ったように言いました。
「こんな臭い小便ぶとんに、美代ちゃんみたいなかわいい子乗せられますかい
な」
美代ちゃんはクスクス笑っています。健ちゃんは、少しふくれて言いました
。
「じゃ−、どうすればいいんだよぉ」
「そう心配せんでもいけますよってに。なぁ静はん」
すると、美代ちゃんのおふとんがス−っと浮き上がりました。美代ちゃんの
おふとんの顔は優しいお母さんの顔です。
「久しぶりねぇサイクロン号。また飛ぶようになったのね」
「そうでんがな。健ちゃんにもワテらが見えるよってに、ワテもううれしゅう
てうれしゅうて。けど、美代ちゃんをさそいに来るとこなんか、やっぱり親子で
んな」
「そうですねぇ」
サイクロン号と静号は二人をそっちのけで話してしまいました。どうやら健
ちゃんのパパと美代ちゃんのママは幼なじみだったようです。
「そんな事どうでもいいから早く行こうよ」
健ちゃんは、しびれを切らして言いました。
「あら、ごめんなさいね。それじゃ−美代ちゃん、わたしの背中に乗ってちょ
うだい」
美代ちゃんは、ふっくらとふくらんだ静号の上にちょこんと乗りました。そ
んな美代ちゃんを、静号は落ちないようにそっと包み込むのでした。
「あいかわらず静はんは優しいおまんな。ほな用意が出来たら行きまひょ」
そう言って、健ちゃんを乗せたサイクロン号は空高く昇っていきました。後
からは美代ちゃんを乗せた静号がゆっくりついてきます。
「わぁ−、きれいなお星さま。みんな笑ってるぅ。まるでおとぎの国へ来たみ
たいね」
「そうだろ。ボクのパパも美代ちゃんのママも、自分たちだけ楽しんでおいて
、ボクらにはなぁーんにも教えてくれないんだもんなぁずるいよ」
「ほ−んと」
静号はいつのまにかサイクロン号の横に来ていました。そしてにこにこしな
がら気持ちよさそうに飛んでいるのでした。
「この二人ほんとに仲がいいみたいだね」
「そうみたい。とっても楽しそうだもの」
「なんたって二十年ぶりのようだしね」
そう言っている二人も、とても楽しそうでした。美代ちゃんの髪も、健ちゃ
んのパジャマも風と踊っています。そんな二人と二人をお月さまはにっこり笑っ
て見ていました。
「あっ、パパだ!」
突然健ちゃんが大声を出しました。見ると健ちゃんのパパが 足もとをふら
つかせながら通りをよたよた歩いていました。
「ねぇサイクロン号、行ってみようよ」
「行ってもええけど、今のパパには何も見えまへんでぇ」
「だから面白いんじゃないか。いつもいつも遅く帰って来て。ちょっとおしお
きしてやる」
「あれあれ、こんなとこまでタケシとそっくりでんがな。静はん、ほなちょっ
と行ってきます」
そう言ってサイクロン号は、健ちゃんのパパがいる方に向かいました。そし
てその周りを何回か回ると、健ちゃんのパパは転んでしまいました。
「へへへぇ−んだ。パパが悪いんだぞ−。あっかんべ−だ」
健ちゃんは、そう言うと美代ちゃんらの待っているお空に帰り、またみんな
で楽しく飛ぶのでした。
通りにはもう健ちゃんのパパしかいません。
「今の風は何でんねん。それに、今たしか健二の声がしたような………、?ま
さかな」
そう言って健ちゃんのパパは座り込んだまま、夜空を見上げているのでした
。しかし健ちゃんのパパが見ている夜空は、いつもと全くかわらない夜空でしか
ないのでした。
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